EOPT(Ease of Paying Taxes Act)法で変わるフィリピンの会計・税務実務

EOPT法(Ease of Paying Taxes Act)は、フィリピン政府が掲げる「納税の利便性向上」と「電子化促進」を目的として2024年1月5日に成立し、同年1月22日に施行されました。続いて、2024年4月には具体的な実施規則であるRevenue Regulations(RR)3-2024および4-2024が公表され、納税者区分を明確にするRMO 37-2024も導入されました。これにより、フィリピン国内で事業を行うすべての企業――とくに日系現地法人・支店・駐在員事務所にも直接的な影響が及んでいます。

本編の目的は、EOPTによる変更点を「制度理解→新旧比較→実務フロー→対応手順」という4つのステップで明確に示し、現場でそのまま使える知識として提供することです。日本人経理担当者が「法律の文面を読むだけでは分からないポイント」を中心に整理しています。
特に、本記事では請求書制度(Invoice)とORの扱いの違い、VAT処理の新ルール、罰則体系の変更を中心に解説し、読者が翌日から自社で実行できるレベルの実務的ガイドラインを提示します。

目次

押さえるべきEOPTの5つの変更点

① インボイス一本化(サービスにもInvoice)

EOPTの最大の変更点は、「物品販売とサービス提供の証憑統一」です。従来、物品はInvoice、サービスはOfficial Receipt(OR)で取引記録を行っていました。しかしEOPTでは、すべての取引をInvoiceに統一することが義務づけられました。これにより、2024年以降に発行されるORは補助書類扱いとなり、VAT控除の証拠書類としては原則使用できないこととなりました。
ただしその後、「Official Receipt」という文字を 取り消し、代わりに「Sales Invoice」、「Service Invoice」、「Billing Invoice」など、取引の性質を示す名称をスタンプまたは印字で付すことにより、ORのInvoiceへの転換を認める通達がなされ、さらにRevenue Regulations No. 11‑2024(RR 11-2024)により、この期限が「転用された OR を 完全消化 (fully consumed) するまで使用可」とされました。

項目従来(Before)EOPT後(After)
物品販売InvoiceInvoice
サービス提供Official ReceiptInvoice
VAT控除証憑ORも可Invoiceのみ

② VAT・Percentage Taxの再定義

EOPT施行後、VAT認識のタイミングが明確化されました。サービス提供では「報酬の受領日」ではなく「請求書発行日」が課税基準日として扱われます。また、Percentage Tax(非VAT登録者対象)も同様にInvoiceベースで算定されるようになり、税務処理の時期が前倒しになるケースが発生します。

旧制度では、サービスの場合「現金受領日」でVATを計上していましたが、EOPTでは請求書発行日が基準となります。請求書発行タイミングがVAT発生タイミングと連動するようになりました。ORのみ発行していた日系企業は、会計システムの帳票設定や内部承認ルートを再構築する必要があります。また、未収金状態でもVATが発生するケースがあり、資金繰りへの影響も考慮すべきポイントです。

③ 納税者区分(Micro/Small/Medium/Large)の新定義

RMO 37-2024により、売上高と従業員数に基づく納税者区分が更新されました。特に、Micro(300万ペソ以下)、Small(300万〜2,000万)、Medium(2,000万〜10億)、Large(10億超)と細分化され、それぞれで申告頻度・帳票フォーマット・監査対象基準が異なります。
これにより、同じ日系企業でも規模によってEOPT実務が異なる点に注意が必要です。

④ペナルティ体系の見直し

従来、遅延・過少申告などに対してペナルティがどの企業にも一律に課されていましたが、RR 6-2024では、マイクロ/スモール納税者向けのペナルティが軽減されることになりました。一方、虚偽申告や意図的な不記載にはより高い罰金が科されます。

項目従来(Before)EOPT後(After)
申告漏れ(金額に対して)25%10%
延滞利息(年利)20%10%
コンプロマイズ1,000~25,000ペソ12,500ペソ以下

ただし、マイクロ/スモール納税者向けの軽減措置とは別に、「重過失 (willful neglect)」や「虚偽・詐欺 (false or fraudulent)」の場合には、50%の重いペナルティが継続するか、あるいは改正前と同等の扱いがなされるとされています。

⑤ 源泉徴収漏れ費用の損金算入の容認

これまで源泉徴収税が未控除の費用は損金算入が否認されていましたが、EOPT施行により一定条件下で損金算入が可能となりました。ただし、源泉義務そのものが免除されたわけではなく、未納の場合には別途罰則が発生します。したがって、帳簿上の損金と源泉納付の整合管理がより重要です。

また、EOPTでは、500ペソ未満の取引ではInvoice発行義務が免除されることとなりました。一方で、買い手から要求がある場合には発行が必要です。さらに、この閾値は3年ごとに物価上昇率を基準に見直されると明記されており、今後の自動調整にも備える必要があります。


Invoice義務化に伴い会計部門で対応すべき実務フロー

ステップ1|証憑の棚卸とOR→Invoice移行

まず行うべきは、未使用のOfficial Receiptの在庫確認です。印刷済みの在庫がある場合は、BIRに「Inventory Report」を提出し、破棄または最終使用申請を行う必要があります。

ステップ2|会計システムと帳票の修正

次に、会計ソフト・ERPの帳票レイアウトをEOPT仕様に更新します。特にVAT区分(標準/ゼロ/免税)、TINフォーマット、電子署名欄などのInvoice必須項目を確認しましょう。
電子インボイス制度(eIS)を利用している場合、EOPT対応のXMLフォーマット更新が必要となる場合もあります。

ステップ3|社内オペレーションの見直し

経理担当者や営業担当者に向けた新Invoice発行フローのトレーニングを実施します。請求書発行日がVAT発生日となるため、営業→経理→承認のプロセスを明確に定義し、ダブルチェック体制を整えることが重要です。
日本本社との連携を考慮する場合は、月次決算締切日とInvoice発行日のタイムライン調整も必要です。

ステップ4|BIRへの届出・登録の確認

EOPT対応に伴い、BIR(税務署)では事業者区分や登録内容に変更が生じています。まずRDO(Revenue District Office)で自社の登録区分(Micro/Small/Medium/Large)を確認し、必要に応じて更新届出を行いましょう。また、eFPS・eBIRFormsのアクセス権限や署名者登録も見直しが推奨されます。


つまずきポイントと対処

サービス売上の計上タイミング

納品・検収ベースで売上を計上していた企業では、請求書発行日が早まることで売上・VAT認識のタイミングが前倒しになる可能性があります。進行基準契約の場合、請求書発行時期をマイルストンと連動させるなど、契約条項の見直しが必要です。支払日ではなく発行日ベースで区別し、会計処理上で仕訳区分を明確にしておくことが重要です。

eIS・SLSPとの整合性

EOPT下では、電子インボイスとSummary List of Sales and Purchases(SLSP)の整合性が厳しくチェックされます。発行日・金額・TIN・VAT率が一致しない場合、BIR調査で差異報告を求められる可能性があります。
月次で“インボイス vs SLSP”照合を自動化する仕組みを導入すると、リスク軽減につながります。


業種・スキーム別の“落とし穴”

製造・卸業

製造業では、返品・値引・無償支給などでInvoice修正が頻繁に発生します。EOPTではCredit/Debit Memoの記載要件も新たに規定されており、修正時にVATを再算定しないと不一致が生じるリスクがあります。

BPO・IT業

BPO業では、海外親会社との役務提供取引が多く、「ゼロVAT適用」「源泉免除」「サービス輸出」の三者関係を正しく識別する必要があります。誤って国内取引扱いにしてしまうと、VAT二重課税リスクが生じます。

SaaS・広告・クラウド利用料

日本本社が提供するクラウドサービスや広告配信をフィリピン法人が利用するケースでは、**非居住者課税(DST/VATリバースチャージ)**の判断が複雑化しています。課税取引か否かを「経済的実体ベース」で判断するため、契約書・支払明細・取引相手のTIN有無をセットで保存しておく必要があります。


おわりに

EOPT法は、フィリピンの会計・税務実務を「Invoiceベースの透明性重視型」に移行させる大改革です。
日本企業にとっては、「請求書の形式変更」だけでなく、会計処理のタイミング、証憑管理、社内承認フローすべてを見直す必要があります。

この記事で紹介したように、まずは以下の3つから始めることを推奨します。

  1. Official Receiptの在庫確認と届出提出
  2. Invoice様式・会計システムの更新
  3. VAT認識時点・申告プロセスの社内再教育

EOPT対応が完全に行われていない場合、税務調査リスクが増大します。
もし自社での対応に不安がある場合は、専門の会計・税務アドバイザーに相談し、EOPTコンプライアンス診断を受けることをおすすめします。


本記事のポイント再掲

  • EOPT法でサービス取引もInvoice発行が必須に
  • VATは請求書発行日ベースで認識
  • ペナルティ体系は柔軟化したがリスクも増加
  • 実務対応は「棚卸→システム修正→教育→届出」が基本

EOPT法を始めとする税務改革は、関連する施行規則の数も多く、これまでの税務ルールから時期を異にして新ルールが適用することとなります。特にローカル会計事務所では理解度が低いために正しく税務処理がなされていないケースが多く、日系企業への税務調査においては高い確率で指摘を受けることが予想されます。

以上のように、変更点ついては理解した上で、会計の専門家とともにコンプライアンスが正しく行われていることを確認し、常に税務の変化に適切に対処するよう心掛けていくことが重要です。
弊社では、月次・四半期の会計・税務レビュー等において、日々、日系企業様の税務が正しく処理されているかを確認しております。ご不安のある企業様はぜひご連絡いただければ幸いです。

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